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山岳ライター小林千穂さん 熊野古道伊勢路ブログ

【11日目】
花の窟~阿田和~井田(距離約8.5km)

歩行距離:
約26.0km
行動時間:
約6時間30分
  • ※歩行距離はGPSログによるものです。いろいろ寄り道したところも計測されていますので、実際の距離とは異なります。
  • ※行動時間は歩行時間だけでなく、昼食や休憩、寄り道した時間も含みます。

風伝おろしを見られることを期待して早起きしたのですが天気がよすぎて霧は出ませんでした。
残念〜。

早起きしたおかげで歩き始めるまで時間があったので、車で熊野市紀和町にある赤木城跡を見に行きました。

赤木城は、この地でたびたび起きていた一向一揆を鎮圧するために豊臣秀吉の家臣、藤堂高虎によって造られたお城。

上の写真は尾根地形を利用した郭(くるわ)という防御施設の跡です。
このように元々の地形を利用した中世山城の特徴を持ちながら…

高い石垣を築くなど、このあとの時代に主流となる近世城郭の手法も取り入れた造りになっています。
一揆鎮圧のときにはここから1kmほど離れた田平子峠で363人もの反勢力の人が処刑されたそうです。
むごいです…。

赤木城をあとに伊勢路の浜街道へ戻る途中、国道311号沿いでおもしろいものを見つけました。

みかんの無人販売所がこんなに
ズラーッ。
15個ぐらい小さな販売所がありました。

販売所をのぞくと
どれも一袋10個ぐらい入っていて100円。
安い!
2袋も買っちゃいました。

さて、花の窟に戻って
ふたたび伊勢路歩きを再開です。

旧街道を歩いて行くと

立石の道標があります。
「右はほんぐう 左はじゅんれい道」と書かれていて直接本宮へ向かう人と那智へお参りする人がここで分かれたそうです。

私は左へ進みふたたび海岸沿いに来ました。

ここから防風林の中を歩いていきます。
なだらかでお散歩道という感じでした。

樹林歩きに飽きたら防波堤に出ると

海が大きく見えます。

昨日歩いた鬼ヶ城もよく見えました。
防波堤上は眺めがいいけれど日差しが強すぎるのでしばらくしてふたたび樹林の中へ。

樹林の道も雰囲気がいいので、このように交互に歩くのがおススメです。

途中に4km道標があり、新宮まで残り18kmになりました。

また防波堤へ。
後ろを振り返ると鬼ヶ城がずいぶん遠くなってきた〜。

志原橋の手前に龍神燈がありました。
これは高潮による塩害に苦しんできた人々が、波が静まることを祈って立てたものなんですって。

この後、またしばらく防風林のなかを行き国道を渡ると緑橋に着きます。

緑橋は大正6年に造られたのですが、川を渡るための橋と高潮防止の防波堤を兼ねていて、当時としては画期的な工事でした。

老朽化が進んでいるようですが近代遺産として今後も残るといいですね。

史跡、市木の一里塚を見てまたまた防風林のなか、海岸沿いを進むと

なんだかにぎやかな音楽が聞こえてきました。

道の駅「パーク七里御浜」でイベントをやっているみたいです。

御浜みかん祭りが行われていました。
御浜町は「年中みかんのとれるまち」なんですね。

ちょっとみかん祭りに行ってみよう〜!

テントではいろいろなものが売られていました。

さんまの丸干。
4本で300円って安い!

お、名物のさんま寿司もあった。
途中で食べるようにひとつ買おう。

ほかに御浜町の名物を探して歩いていると…

松きゅうりクッキー⁈
あれ?
御浜町ってきゅうりも特産品でしたっけ…。
お店の方に聞いたら、こちらは三重県の御浜町ではなく和歌山県美浜町でした。
よく見たら、字が違いました。
でも同じ「みはま」なのでお互いに交流をしているとのことです。

松きゅうりクッキーも買って食べました。
きゅうりの味はしなかったけれど、おいしかったです。

みかん祭りを楽しんだあと

ちょうどお昼になったので、道の駅の中にあるレストランでランチバイキングをいただくことにしました。

和洋いろいろなお料理を楽しめます。

何を食べるか迷っちゃう…。

私の第一プレートはこんな感じ。
みかんと、郷土料理のめはり寿司もいただきました。
この後、何回おかわりしたかはナイショです。

道の駅2階には柑橘類のレプリカが展示されていました。

私が歩いた11月上旬、このあたりでとれるみかんは温州の極早生という種類。

他にもセミノールとか、オレンジ日向とかあまり聞きなれない種類のみかんもありましたよ。

柑橘類はずいぶんたくさんの種類があるのですね。
そんななか、特においしそうなみかんを見つけました。

それがこれ

☆小林ミカン☆
これはゼッタイおいしいに違いない。
食べてみたいです~!

この道の駅、さらにおもしろいものが見られます。

ジュースが天井から流れているよ〜!
これはオブジェだけど、でも本当にジュースが流れているんですよ。

道の駅の2階にはなんとジュースの工場があってガラス越しに見学ができます。

ほら、みかんが搾られてどんどん流れてきているでしょう。
道の駅の建物いっぱいに甘酸っぱいみかんの香りが立ち込めているんです。
飲んでみたい〜!と思ったら

1階の販売コーナーで売られているんですね。
甘い香りとここで搾られているというフレッシュさに誘われて4本も買っちゃいました。
時期によって売られるジュースも変わるようです。
私が行ったときは温州みかんとセミノールの2種類が並んでいましたよ。

そして、鋸山のガイド山行に参加してくださったみなさまへのおみやげに
「七里御浜のころころ」というお菓子を買いました。

みかんクリームがサンドされたブッセでこれもおいしかったです。

パーク七里御浜から旧街道を歩いていきます。
この道沿いはいろいろな無人販売があります。

くだものや野菜。

新聞。
ほかに堆肥とか、米ぬかとか。
のどかでいいですね。

御浜町では

マンホールや

橋の欄干にもみかんがデザインされていて本当にみかん一色の町です。

阿田和橋を渡った先に

JA御浜経済センターがあります。
出荷するためのみかんが集まってくるようで、すごい数のみかん箱が積み上げられていました。

このあとしばらくは国道42号を歩きます。

御浜町を出て紀宝町に入りました。

今度は道の駅「紀宝町ウミガメ公園」。

ウミガメがいるって書いてあるけど剥製か何かだよね?って思っていたら…

本物がいました〜!
道の駅にウミガメがいるってビックリです。

しかも、エサをやれるみたい。
やりたい、やりたい!
ということで、200円でエサ(イワシの切り身)を買ってみました。

トングを差し出すとごはんがもらえるとわかるらしく、ウミガメがすごい勢いで寄ってきた〜!

ポトっとイワシを落とすと争奪戦がはじまります。
やっぱり大きいのが強いみたい。
ウミガメというと、砂浜をゆっくり歩いて卵を産む、静かなイメージだったけど水の中ではこんなに激しく泳ぐのですね。

大きいのが背を向けたときに小さい子にも食べさせてあげました。
ウミガメがいるだけでもビックリなのにこんなに近くでエサやりまでできるとは思っていなかったので、大興奮。

ウミガメのほかにもフグや

ウツボなど、海の生き物が見られます。

道の駅の販売コーナーでは不知火というポンカンの生搾りジュースを飲めたり、

特産品マイヤーレモンを使ったおみやげ、

名物のめはり寿司を買えたりします。
ジュース工場がある「パーク七里御浜」と「ウミガメ公園」に行くだけでかなり楽しめます。
三重の方は、こんなに楽しい場所が近くにあっていいなぁ。

道の駅を楽しんだあと、また古道を歩きました。

旧道を歩いて

馬場地踏切を渡り

高台の住宅地を歩きます。

海やみかん畑の眺めがいいところです。

細い道を進み、

狼煙場跡を見ました。
このあたりは外海に面しているので鎖国以来、外敵が侵入しないように防備がとられ番所で監視をしていて、
いざという時はここにある狼煙台で知らせたそうです。
案内板によると、狼煙には肥松(樹液を多く含む松の割木)と枯葉に狼の糞が加えられたそう。
狼の糞を入れることによって煙が乱れずに高く昇るんですって。
だから、狼煙というのだろうとのこと。
へえ〜。

一里塚跡を過ぎ、

さらに広がる海の景色を見ながら進みます。

すると病気平癒のご利益があるという横手延命地蔵がありました。
江戸時代から信仰され、1月24日の例祭には餅まきが行われるそうです。

さらに細い道を進んでいきます。

この高台は今、新しい家がどんどん作られているようです。
建築中の家が何軒もありました。

しばらく行くとまた無人販売所。
「サン酢」というみかんが売られていたので見ていたら、オーナーのおじさんが来てサンマ寿司で酢の代わりに使うのだと
教えてくれました。
私もレモン代わりに使うように一袋購入。
夏の天候が悪く、そのあとに大きな台風が来た影響で野菜もみかんも不作で売るものが少ないということです。
家がたくさん作られていますねと聞くと、今このあたりの山が開かれて海岸近くに住んでいる家族が高台に移住してきているのだと話してくれました。
地震に備えて引っ越しをする人が増えているそうです。

私は伊勢から歩いてきて、明日ゴールの新宮へ到着予定だという話をすると、柿をあげるからちょっと待ってなさいと言って

家の前に実っていた柿をとってくれました。

歩きながら食べるといいよといくつももらいました。
ありがたいです。

井田の上野交差点まで歩いてこの日の伊勢路歩きは終了。
上野交差点から2kmほど離れた神内地区にある農家民宿「はなあそび」に向かいました。

11日目の行程を終え、農家民宿「はなあそび」に到着。

はなあそびがある紀宝町神内(こうのうち)地区は水田が広がるのどかな場所です。

はなあそびでは、いろいろな体験ができます。
そのひとつとして、おかみさんの名良子さんに神内の見どころに連れていっていただきました。
まず、向かったのは神内神社です。

この神社に関しては事前リサーチをまったくしていなかったのですが入口に立ったとき、そうとう古く(たぶん古代)から信仰されている場所だと直感しました。
岩が大きくて写真に撮れなかったのですが境内の奥に、花の窟より大きいのではないかというほどの巨岩が聳えています。

参道の左側に小川が流れていて、それが伊勢の内宮、瀧原宮と似ているのです。

参道右側には神武天皇御社と書かれた洞窟がありました。
なんとも神秘的です。
杉の巨木を見ながら真っ直ぐに続く参道を進みます。
参道は直角に右へ曲がるのですが折れ曲がるところ、左側は川に下りられるようになっていました。

これは内宮や瀧原宮にもある御手洗(みたらし)場と同じつくりでした。
名良子さんに聞くとお参りする前にここで身を清めるそうです。

急な階段を上がって「子安の宮」と書かれた門をくぐると

御神体の巨岩が玉垣の奥に聳えています。

やはり社殿はなく、ご神体である巨岩を直接拝む古代信仰のなごりを見ることができました。
続いて神内神社から400mほど手前にある「古神殿」と呼ばれる場所に連れていっていただきました。

ここは原始時代の神殿跡だと聞いてびっくりです。

車で向かう途中から巨岩が石垣で囲まれ、妙な雰囲気の場所だなぁと思っていたのですがいかにも、という感じです。

石の階段を登り、巨岩の途中まで行くことができます。

石の階段は大岩の隙間まで続いていました。
ここは、古代神霊祭祀が行われ禰宜(ねぎ)姫という巫女が神のお告げを言い渡す場所だったそうです。
まさに磐座ですね。
ここは逢初森(あいそめのもり)といい伝説ではここでイザナギとイザナミが一女三男を産んだことから神皇地(こうのち)といい、後に神内村と言うようになったそうです。
その後、滝の地蔵へ行きました

沢沿いの山道を100mほど登ると

りっぱな滝があり、その横にお地蔵さまが祀られています。
このお地蔵さまは片ひざを立てているのですがこれは、昔、この地は争いが多くお地蔵さまがすぐに助けられるよう、身構えているとのことでした。

滝の裏側にも回ることができます。
水の流れに近づくと大迫力でした。

この滝の入口には大きな平たい石がありました。
何も説明板などはありませんがここも古代、祭祀が行われた場所ではないかと想像してしまいます。

神内地区を一周してはなあそびに戻ってきました。

実ははなあそびの目の前にも古代からの伝説の場所があるのです。

それが禰宜島。
案内によるとここは禰宜姫が住んだ場所だそうです。

石の小さな祠があり、白い石が供えられています。
神内神社といい、古神殿といい、禰宜島といい思わぬところでこれほどリアルに古代の雰囲気を感じることができました。

さて、夕食までまだ少し時間があったのでもうひとつ体験させてもらいました。

苔玉作りです。

本当は、近くの畑などで植物を集めるところからやるそうですが、この日は名良子さんが全部準備をしてくれていました。
私はお団子にした土を丸めてユキノシタとシダとミツバを植え、コケで包んだだけですが

なかなかいい感じに仕上がりました。

できた苔玉はおみやげとして持って帰りましたよ。

さて、夕食はリビングで家族のようにもてなしていただきました。

お父さんもお付き合いくださいます。

お料理は全部、名良子さんが用意してくださったものです。
こんなにおご馳走だと民宿をやってもまったく商売にはならないですね…(^^;
でも、いろいろな人との交流が生きがいになっていると話してくれました。

お刺身はもちろんですが、名良子さんとお父さんが作ったお米のごはんが最高においしかったです。

この晩はゆっくり休み

翌朝も名良子さんが作ってくれたごはんをいただきました。

神内ではお祭りのときに豆(ピーナッツ)を入れた五目ごはんを作るそうです。
これがまたおいしくて、お昼用にも持たせていただきました。

はなあそびの名良子さん、お父さんに見送られて、さあ伊勢路最終日、出発します!

続く…。