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山岳ライター小林千穂さん 熊野古道伊勢路ブログ

【6日目】
古里〜三浦峠〜始神峠〜相賀(距離約16.0km)

歩行距離:
約22.5km
行動時間:
約7時間30分
  • ※歩行距離はGPSログによるものです。いろいろ寄り道したところも計測されていますので、実際の距離とは異なります。
  • ※行動時間は歩行時間だけでなく、昼食や休憩、寄り道した時間も含みます。

雨も上がり、今日も元気に出発〜!
この日は三浦峠と始神(はじかみ)峠、2つの世界遺産ゾーンを通って相賀(あいが)をめざします。

朝、松島のおかみさんが見送ってくださいました。

そして途中で食べて、とみかんをいただきましたよ。
今の時期のみかんは小ぶりだけど甘酸っぱくておいしいの。
ありがとうございます。

古里、海の幸がおいしく、温泉もあってまた訪れたい場所のひとつとなりました。

このあたりからみかん畑を見るようになりました。
たくさん実っているのを見るとそれだけで幸せ気分。

今日の行程を歩く前に海岸へ寄り道していきましょう。

静かな波が砂浜を洗っていました。
夏は人気の海水浴場になるんですって。

雲の向こうに青空も見えてきましたよ。

古里の集落を歩いていたら井戸を見つけました。
のぞいてみると…

昔ながらのつるべ式井戸がそのまま残っていました。
海岸に近いところでは真水が得られる井戸は貴重だったのかもしれませんね。

国道を少し歩いて古里トンネル手前から遊歩道に入ります。

「佐甫道」という標識に従って山道に入りました。

すぐにステキな展望台があります。

地図を見ると「サボ鼻道展望台」って書いてある。
ということは、さっきの「佐甫」は「さぼ」って読むのかな?

展望台からは何が見えるでしょう。

わあ、海にたくさんの島が浮いています!
ちょっと南の島の雰囲気?

あずまやの柱が額縁のようです。
ここで一日読書して過ごせたらいいな〜。

この遊歩道は崖を横切るように作られています。
波が寄せる音が足元から聴こえてきて気持ちよく歩けます。

でも、大雨のあとは落石に要注意ですね。

植林帯に続くなだらか道。
伊勢路は峠のほかにこのような山道を歩くこともあります。

歩道終点で左の階段を下りていくと

若宮神社に出ました。
この先がさらに楽しい道でしたよ。

赤い橋を渡って

防波堤を歩いていきます。

海を見ながらのーんびり。

暑くも寒くもなく歩くのにちょうどいい陽気でした。

この美しい場所は道瀬海岸。
「紀伊の松島」と言われるのもわかります。

海岸から離れると三浦峠越えです。

入口には距離や所要時間が書かれたわかりやすい案内板がありました。

三浦峠は熊谷という山あいを迂回するので熊谷道とも言うそうです。
大正6年にトンネルが開通するまで唯一の生活道として使われていたんですって。

三浦峠は世界遺産指定の峠道。
石のモニュメントが迎えてくれます。

100mごとの道標。
01/18だから、峠は1.8kmですね。

峠は深い切り通しになっていました。
標高は113m。

きれいな樹林帯を下っていくと古道保存会のおじさんに出会いました。

大雨のあとなど、すぐに山に入り道が荒れたところを修理したり、お掃除をしてくれているそうです。
この日も沢で土砂が流れたところをならしたり、台風あとで木の枝などが落ちているのを一本ずつ拾い、道脇に避けてくれていました。

ありがたいことです。

熊野をめざして歩いていると話したら記念に木札をたくさんくれました。
始神峠はこれからだけど先にもらっちゃっていいのかな?

おじさんたちと別れたら急に晴れてきました。
お天気になってきていい感じ。

三浦峠を越えて、里道を歩きます。

三野瀬地区に入りました。

通る車も少なく、集落のなかをのんびり歩けます。

このあたりの駅は、特急が止まるところ以外無人のようです。
三野瀬駅も小さな建物があるだけでした。

のどかで、いいですね〜。

踏切を渡って海辺へ。

陽の光に海面がキラキラ光っています。

まぶしい〜!
気持ちいい〜!

そして、この先から始神峠に入ります。

ここには「ふたば」という食堂があります。
手羽先がおいしいということですごーく期待していたのですが、平日はランチ営業していないみたいで入れませんでした。

ざんねーん!

入口は始神さくら広場として整備されていてお手洗いや自販機もあります。

桜がたくさん植えられている。
やっぱり春にも歩きたいなぁ〜。

水力発電所建物の裏を歩いて行くと…

4km道標がありました。

新宮まで82km。

見づらいけど…伊勢まで84km。
ということは、このあたりで伊勢路の中間地点だ!

もう半分かぁ。
早いなぁという感じでした。

短く感じるのは毎日、毎日めいっぱい楽しんでいるからでしょうか?

さあ、世界遺産の始神峠を歩きます。
伊勢路のなかでも、景色のいい峠で知られています。
ここに来て晴れてくれたのはすごくラッキーかも。

始神峠は1.6km。
ここもそれほど長くないですね。
明治20年代に新しい道が作られるまでこの道が本街道だったんですって。

ところで始神峠って、神話チックな名称ですが元々は山椒魚(サンショウウオ)を表わす椒(はじかみ)だったそう。
漢字が変わって今の表記になったようです。

この峠は橋で沢を何度も渡ります。

そして、標高147mの始神峠に到着。
スタンプもゲットしました。

サンショウウオだ!

そして、楽しみにしていた峠からの景色は…。

想像以上にすばらしかったです。
半島が複雑に入り組み、島がいくつもいくつも頭を出しています。

絶景を見ながら休憩して

ふたたびなだらかな道をてくてく。

雨の後だということもあったかもしれませんが私の中で始神峠は、沢のきれいな峠というイメージです。

峠を下りきると宮谷池があります。

心安らぐ景色です。

里道をしばらく歩くと

馬瀬側の登り口に着きました。

ここにある民家の庭にあずまやが造られ、峠越えをする人が休憩できる場所となっています。
ありがたくひと休みさせてもらうことにしました。

このお宅のおじさんが作業をしていたので、何をやっているのか聞いてみたら

収穫した落花生を干しているそうです。

大きな落花生。
おいしそう。

そしておじさんが作業の手を休め「何もないんやけど、みかんでも食べてって」ってわざわざみかんを家から持ってきてくれました。

太陽を浴びて、峠で汗かいて喉が渇いていたのよね。

旬のみかんです。
その土地のものをいただけるなんてぜいたく。

ひとついただいて「みずみずしくて、おいしいです!」って言ったら、「それは徳島のみかんなんやけどな」っておじさんが言うのでおかしくて吹き出しそうになりました。

徳島のみかんもおいしいですよ〜\(^o^)/

残りは持って帰っていいというのでありがたくいただき、私のザックはみかんでいっぱいになりました。

始神峠を越え、みかん(徳島産)で元気チャージしてまた歩き始めます。
国道42号に出る丁字路の手前にある道標を見ると…

伊勢から88km。
ということは…

新宮まで78km。
半分を越え、だいぶ近くなってきた?

旧道に入り

左に太田沼を見ながら歩きます。
今は季節ではなかったけれど春は桜、夏前はアジサイ、冬はサザンカがきれいなんですって。

地下道で国道42号を渡った先に古い橋があって

川の上流側が暗渠になっていたのでおもしろい〜と思って写真を撮っていたらケイタイを落として、画面をパッキーンと割ってしまいました。

ブログ更新のための大事なケイタイ。
画面が見づらくなって、しばしヘコむ。。。

なんてこった〜!!

アスファルトに落としても割れなくて、洗濯してもへっちゃらで雪山で無くしても戻ってくるiPhoneが欲しいです(ケイタイトラブル常習者)。

3分で気を取り直して再び歩き、

上里小学校前を通りました。

そうそう、伊勢路は場所によってはお店が少なく、自販機もあまり見かけないところもあります。
そんなことを見越して飲み物などは余分に持っていくのがベスト。

でももし、途中で足りなくなって買い足すときは駅のほか、小中学校近くには小さな商店や自販機があることが多いので探してみましょう。

あと、特に国道沿いにはガソリンスタンドがたくさんあります。

ガソリンスタンドへ行くとたいていお店の中に自販機があるので、困ったときのために覚えておくといいかもしれませんよ。

大河内川を渡り、

旧道に入ったところにお地蔵さまが立っています。

ここは、かつて切り出した木材を運ぶためのトロッコが通っていたんですって。
林業の町、尾鷲が近づいてきた感じがしますね。

ちなみにこのお地蔵さまにお願いすると探し物が見つかるという言い伝えがあります。
私のお気に入りのペン、どこいったの〜?

懐かしい看板のある建物を発見。
学生服も昔より少なくなったし、今も変わらないのは養命酒ぐらいでしょうか?

この後はしばらく国道を歩き旧道に入ったところにある八重垣神社に寄り道。

島根の八重垣神社と関係があるのかと思いましたが、昔は中里神社といわれていたので元々は土着の神さまのようです。

でも、近くに八雲神社もあったというのでやっぱり島根の文化が伝わっているのかもしれないですね。
ここには神宮遥拝所がありました。

伊勢へ行くことが難しかった昔はここでお参りしていたのでしょう。

この先に海山郷土資料館があります。

寄ってみたら建物がステキでした。
明治43年に建てられた洋風建築です。
個人の別館として造られましたが昭和になってから役場や公民館として使われ、今は郷土博物館になっています。

内装もほぼ、当時のままだそうです。
洋室の天井がきれいでした。

中にはこの地で使われていたいろいろな時代のものが展示されています。
なかでも私の目をひいたのは狼の記録でした。

天文2年(1533)11月7日の夜に小山浦というところに狼が出た時の記録文書。
小山浦ってどこですか?と館長さんに聞いたら今日の目的地、相賀の近くでした。
相賀駅から川を挟んで南側だそうです。
ずいぶんと海の近くですね。

記録を読んでみると…

牛小屋が騒がしいのでその家の親子が様子を見に行きました。
そしたら、小屋から狼が飛び出してきて親子に襲いかかりました。
お父さんは顔を3カ所噛まれ、息子は目の下から首まで散々に噛まれて食事もできない状態になったとあります。
その後、村人が集まってきて狼は殺されたそうです。
なかなか生々しい記録でした。

江戸時代は、伊勢路を旅する人も狼に襲われたとか。
今は絶滅してしまったニホンオオカミ、この地にもいたんですね。

あっ、今日はまだ先が長かった〜。
先へ進まないと!

旧道をまたまたてくてく。

すると新甘堂という和菓子屋さんがありました。

おや?
歴史のありそうな和菓子屋さんなのに建物が新しいなぁ。
最近、建て替えたのかしら?と思って足を止めると、お店の中でおばあちゃんがにっこり微笑んでいました。
おばあちゃんに引き寄せられるようにお店に入りました。

店内にはおまんじゅうのほかかわいい生菓子が数種類ケースに並んでいます。
季節のものがいいなと柿をデザインした生菓子を買い、「とってもきれいなお店ですね」と聞いてみるとおばあちゃんが思わぬ話をしてくれました。

この建物は13年前に建てたのだそうです。

平成16年9月末、この船津地区はひどい水害にあったのです。
台風が近づき、このあたりは豪雨に見舞われました。
その時、おばあちゃんはお店にいてずいぶんとひどい雨だなぁと心配していたそうです。
紀伊半島は雨が多いことで知られていますがその時の降りかたは今までと違ったそう。

しばらくして外を見ると普段はないところに水が迫っていたので洪水になるかもと思い、近くにいる家族に急いで電話をかけました。
2カ所ほど電話をかけて切るまでのわずか数分で、お店の中まで水が入ってきてしまいました。
大変だ!と逃げようとしたけれどあっという間に水かさが増し、身動きがとれなくなってしまったそう。

その後もどんどん水が入り、1m(小柄なおばあちゃんの胸あたり)ぐらいまで来て、もうダメかも…と思ったとき、地元の消防団の方が舟で助けに来てくれて、救出されました。

しばらく避難所で過ごし、その後、帰ってみると、お店の中はぐちゃぐちゃ。
建物も被害がひどく、さらにお菓子を作るための機械の中にも細かい砂が入ってしまい、まったく使えなくなってしまったそうです。
おばあちゃんだけではこれから機械を新しくしても続けられないのでもうお菓子屋さんをやめようと覚悟したそうです。
そしたら、違う仕事をしていた息子さんが仕事を辞めてお店を継ぐと言ってくれ、お店も機械も新しくすることにしたということでした。

つい何日か前も台風の大雨だったのできっとその時のことを思い出して怖かったことでしょうね。
船津でも新甘堂さんがあるあたりは土地が低いそうです。
さらに川が何本も合流するから洪水のリスクも高いのでしょうか…。

貴重な話をしてくれたおばあちゃんと親孝行な息子さんに心を打たれました。
あとから調べてみたら、紀北町でつくったその時の記録があったのでリンクを貼っておきます。

新甘堂さんでゆっくりしていたらすっかり夕方になってしまいました。
その後も旧道と国道を歩き(というか走り)、海山インターを越えて薄暗くなるころ相賀神社に到着。

白石湖のほとりにある民宿ささきさんに着きました。

ささきさんは眺めが最高です。

さらに私が楽しみにしていた清流・銚子川も近くです。
そのお話は7日目に続く〜。